天照大御神(あまてらすおおみかみ)と須佐之男命(すさのおのみこと)

かれ、各(おのおの)依(よ)さしたまいし命(みこと)のまにまに知(し)らしめす中(なか)に、速須佐之男命(はやすさのおのみこと)命(よ)さしし国(くに)を治(し)らさずて、八拳須心前(やつかひげむなさき)に至(いた)るまで啼(な)きいさちき。その泣(な)く状(さま)は、青山(あおやま)は枯山如(からやまな)す泣(な)き枯(か)らし、河海(かわうみ)は悉(ことごと)に泣(な)き乾(ほ)しき。ここをもちて悪(あ)しき神(かみ)の音(おと)ない、さ蠅如(ばえな)す皆満(みなみ)ち、万(よろず)の物(もの)の妖悉(わざわいことごと)に発(おこ)りき。

かれ、伊邪那岐大御神(いざなきのおおみかみ)、速須佐之男命(はやすさのおのみこと)に詔(の)りたまわく、「何(なん)の由(ゆえ)にか、汝(いまし)は事依(ことよ)さしし国(くに)を治(し)らさずて、哭(な)きいさちる」　とのりたまいき。ここに答(こた)えて白(まお)さく、「僕(あ)は妣(はは)の国(くに)根(ね)の堅(かた)州(す)国(くに)に罷(まか)らんと欲(おも)うが故(ゆえ)に哭(な)く」とまおしき。ここに伊邪那岐(いざなきの)大御神(おおみかみ)、大(いた)く忿怒(いか)りて詔(の)りたまわく、「然(しか)らば汝(いまし)はこの国(くに)に住(す)むべからず」とのりたまいて、すなわち神(かむ)やらいにやらいたまいき。かれ、その伊邪那岐大神(いざなきのおおかみ)は、淡海(あうみ)の多賀(たが)に坐(いま)すなり。　　　

かれ、ここに速須佐之男命(はやすさのおのみこと)言(まお)さく、「然(しか)らば天照大御神(あまてらすおおみかみ)に請(まお)して罷(まか)らん」とまおして、すなわち天(あめ)に参上(まいのぼ)る時(とき)、山川悉(やまかわことごと)に動(とよ)み国土皆震(くにつちみなゆ)りき。ここに天照大御神(あまてらすおおみかみ)聞(き)き驚(おどろ)きて詔(の)りたまわく、「我(あ)がなせの命(みこと)の上(のぼ)り来(く)る由(ゆえ)は、必(かなら)ず善(よ)き心(こころ)ならじ。我(あ)が国(くに)を奪(うば)わんと欲(おも)うにこそあれ」とのりたまいて、即(すなわ)ち御髪(みかみ)を解(と)き、御(み)みづらに纏(ま)きて、すなわち左右(さゆう)の御(み)みづらにも御鬘(みかづら)にも、左右(さゆう)の御手(みて)にも、各八尺(おのおのやさか)の勾璁(まがたま)の五百箇(いほつ)のみすまるの珠(たま)を纏(ま)き持(も)ちて、そびらには千入(ちのり)の靫(ゆき)を負(お)い、ひらには五百入(いほのり)の靫(ゆき)を附(つ)け、亦(また)いつの高鞆(たかとも)を取(と)り佩(お)ばして、弓腹(ゆはら)振(ふ)り立(た)てて、堅庭(かたにわ)は向股(むかもも)に蹈(ふ)みなづみ、沫雪如(あわゆきな)す蹶(く)え散(はらら)かして、いつの男建(おたけ)び蹈(ふ)み建(たけ)びて待(ま)ち問(と)いたまわく、「何(なん)の故(ゆえ)にか上(のぼ)り来(き)つる」と問(と)いたまいき。

ここに速須佐之男命(はやすさのおのみこと)答(こた)えて白(まお)さく、「僕(あ)は邪(きたな)き心(こころ)なし。ただ大御神(おおみかみ)の命(みこと)もちて、僕(あ)が哭(な)きいさちる事(こと)を問(と)いたまいし故(ゆえ)に白(まお)しつらく、『僕(あ)は妣(はは)の国(くに)に往(ゆ)かんと欲(おも)いて哭(な)く』と白(まお)しき。ここに大御神(おおみかみ)詔(の)りたまわく、『汝(いまし)はこの国(くに)に在(あ)るべからず』とのりたまいて、神(かむ)やらいやらいたまへり。かれ、罷(まか)り往(ゆ)かん状(さま)を請(まお)さんとおもいてこそ参上(まいのぼ)りつれ。異(け)しき心(こころ)なし」とまおしき。

ここに天(あま)照(てらす)大御神(おおみかみ)詔(の)りたまわく、「然(しか)らば汝(いまし)の心(こころ)の清(きよ)く明(あか)きは、いかにして知(し)らん」とのりたまいき。ここに速(はや)須(す)佐(さ)之(の)男(おの)命(みこと)答(こた)えて白(まお)さく、「各(おのおの)うけいて子生(こう)まん」とまおしき。かれ、ここに各天(おのおのあめ)の安河(やすのかわ)を中(なか)に置(お)きてうけう時に、天(あま)照(てらす)大御神(おおみかみ)先(ま)づ建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)の佩(は)ける十拳剣(とつかつるぎ)を乞(こ)い度(わた)して、三(み)段(きだ)に打(う)ち折(お)りて、ぬなとももゆらに天(あめ)の真名井(まない)に振(ふ)り滌(すす)きて、さがみにかみて、吹(ふ)き棄(う)つる気吹(いぶき)のさ霧(ぎり)に成(な)りし神(かみ)の御名(みな)は、多紀理毘売命(たきりひめのみこと)、亦(また)の御名(みな)は奥津島比売命(おきつしまひめのみこと)と謂(い)う。次(つぎ)に市(いち)寸(き)島(しま)比(ひ)売(めの)命(みこと)、亦(また)の御名(みな)は狭依毘売命(さよりひめのみこと)と謂(い)う。次(つぎ)に多岐都比売命(たきつひめのみこと)。三柱(みはしら)

速須佐之男命(はやすさのおのみこと)、天照大御神(あまてらすおおみかみ)の左(ひだり)の御(み)みづらに纒(ま)かせる八尺(やさか)の勾璁(まがたま)の五百箇(いほつ)のみすまるの珠(たま)を乞(こ)い度(わた)して、ぬなとももゆらに天(あめ)の真名井(まない)に振(ふ)り滌(すす)きて、さがみにかみて、吹(ふ)き棄(う)つる気吹(いぶき)のさ霧(ぎり)に成(な)りし神(かみ)の御名(みな)は、正勝吾勝勝速日(まさかつあかつかちはやひ)天之(あめの)忍(おし)穂(ほ)耳(みみの)命(みこと)。亦(また)右(みぎ)の御(み)みづらに纏(ま)かせる珠(たま)を乞(こ)い度(わた)して、さがみにかみて、吹(ふ)き棄(う)つる気吹(いぶき)のさ霧(ぎり)に成(な)りし神(かみ)の御名(みな)は、天之菩卑能命(あめのほひのみこと)。

亦(また)御鬘(みかづら)に纏(ま)かせる珠(たま)を乞(こ)い度(わた)して、さがみにかみて、吹き棄(う)つる気吹(いぶき)のさ霧(ぎり)に成(な)りし神(かみ)の御名(みな)は、天津日子根命(あまつひこねのみこと)。また左(ひだり)の御手(みて)に纏(ま)かせる珠(たま)を乞(こ)ひ度(わた)して、さがみにかみて、吹(ふ)き棄(う)つる気吹(いぶき)のさ霧(ぎり)に成(な)りし神(かみ)の御名(みな)は、活津日子根命(いくつひこねのみこと)。また右(みぎ)の御手(みて)に纏(ま)かせる珠(たま)を乞(こ)い度(わた)して、さがみにかみて、吹(ふ)き棄(う)つる気吹(いぶき)のさ霧(ぎり)に成(な)りし神(かみ)の御名(みな)は、熊野久須毘命(くまのくすびのみこと)。并(あわ)せて五柱(いつはしら)。

ここに天(あま)照(てらす)大御神(おおみかみ)、速須佐之男命(はやすさのおのみこと)に告(の)りたまわく、「この後(のち)に生(あ)れし五柱(いつはしら)の男子(おのこご)は、物(もの)実(ざね)我(あ)が物(もの)によりて成(な)りき。かれ、自(おの)づから吾(あ)が子(こ)なり。先(さき)に生(あ)れし三柱(みはしら)の女子(おみなご)は、物(もの)実(ざね)汝(いまし)の物(もの)によりて成(な)りき。かれ、すなわち汝(いまし)の子(こ)なり」と、かく詔(の)り別(わ)けたまいき。

かれ、その先(さき)に生(あ)れし神(かみ)、多紀理毘売命(たきりひめのみこと)は胸形(むなかた)の奥(おき)つ宮(みや)に坐(いま)す。次(つぎ)に市寸島比売命(いちきしまひめのみこと)は、胸形(むなかた)の中(なか)つ宮(みや)に坐(いま)す。次(つぎ)に田(た)寸(き)津(つ)比(ひ)売(めの)命(みこと)は、胸形(むなかた)の辺(へ)つ宮(みや)に坐(いま)す。この三柱(みはしら)の神(かみ)は、胸形(むなかたの)君(きみ)等(ら)のもちいつく三前(みまえ)の大神(おおかみ)なり。かれ、この後(のち)に生(あ)れし五柱(いつはしら)の子(こ)の中(なか)に、天菩比命(あめのほひのみこと)の子(こ)、建比良鳥命(たけひらとりのみこと)、こは出雲(いずもの)国造(くにのみやつこ)・无邪志国造(むざしのくにのみやつこ)・上菟上国造(かみつうなかみのくにのみやつこ)・下菟上(しもつうなかみの)国造(くにのみやつこ)・伊自牟(いじむの)国造(くにのみやつこ)・津島県直(つしまのあがたのあたい)・遠江国造等(とおつおうみのくにのみやつこら)が祖(おや)なり。次(つぎ)に天津日子根命(あまつひこねのみこと)は凡川内国造(おうしかうちのくにのみやつこ)・額田部湯坐連(ぬかたべのゆえのむらじ)・木国造(きのくにのみやつこ)・倭田中直(やまとのたなかのあたい)・山代国造(やましろのくにのみやつこ)・馬来田国造(まくたのくにのみやつこ)・道(みちの)尻(しり)岐(き)閇(への)国(くにの)造(みやつこ)・周芳国造(すはのくにのみやつこ)・倭淹知造(やまとのあむちのみやつこ)・高市県主(たけちのあがたぬし)・蒲生稲寸(がもうのいなき)・三枝部造等(さきくさべのみやつこら)が祖(おや)なり。

ここに速須佐之男命(はやすさのおのみこと)、天照大御神(あまてらすおおみかみ)に白(まお)さく、「我(あ)が心(こころ)清(きよ)く明(あか)き故(ゆえ)に、我(あ)が生(う)みし子(こ)は手弱女(たわやめ)を得(え)つ。これによりて言(まお)さば、自(おのずか)ら我(われ)勝(か)ちぬ」と云(い)いて、勝(かち)さびに天(あま)照(てらす)大御神(おおみかみ)の営(つく)田(だ)の畔(あ)を離(はな)ち、その溝(みぞ)を埋(う)め、またその大(おお)嘗(にえ)聞(き)こしめす殿(との)に屎(くそ)まり散(ち)らしき。かれ然(しか)すれども、天(あま)照(てらす)大御神(おおみかみ)はとがめずて告(の)りたまわく、「屎如(くそな)すは、酔(よ)いて吐(は)き散(ち)らすとこそ、我(あ)がなせの命(みこと)かくしつらめ。また田(た)の畔(あ)を離(はな)ち溝(みぞ)埋(う)むるは、地(ところ)をあたらしとこそ、我(あ)がなせの命(みこと)かくしつらめ」と詔(の)り直(なお)したまえども、なおその悪(あ)しき態(わざ)やまずてうたてありき。

天(あま)照(てらす)大御神(おおみかみ)忌服屋(いみはたや)に坐(いま)して、神(かむ)御衣(みそ)織(お)らしめたまいし時(とき)、その服屋(はたや)の頂(むね)を穿(うか)ち、天(あめ)の斑(ふち)馬(うま)を逆(さか)剥(は)ぎに剥(は)ぎて堕(おと)し入(い)るる時(とき)、天(あめ)の服(はた)織(おり)女(め)見驚(みおどろ)きて、梭(ひ)に陰上(ほと)を衝(つ)きて死(し)にき。かれ、ここに天(あま)照(てらす)大御神(おおみかみ)見畏(みかしこ)みて、天(あめ)の岩屋(いわや)戸(と)を開(ひら)きてさしこもりましき。ここに高天原(たかあまはら)皆(みな)暗(くら)く、葦原中国悉(あしはらのなかつくにことごと)に闇(くら)し。これによりて常夜往(とこやみい)きき。ここに万(よろず)の神(かみ)の声(おとない)はさ蝿(ばえ)なす満(み)ち、万(よろず)の妖悉(わざわいことごと)に発(おこ)りき。

ここを以(も)ちて八百万(やおよろず)の神(かみ)、天(あめ)の安(やす)の河原(かわら)に神集(かむつど)い集(つど)いて、高御産巣日神(たかみむすひのかみ)の子(こ)思(おもい)金(かねの)神(かみ)に思(おも)わしめて、常世(とこよ)の長鳴(ながなき)鳥(とり)を集(あつ)めて鳴(な)かしめて、天(あめ)の安河(やすのかわ)の河上(かわかみ)の天(あめ)の堅石(かたしわ)を取(と)り、天(あめ)の金山(かなやま)の鉄(まがね)を取(と)りて、鍛人(かぬち)天津(あまつ)麻(ま)羅(ら)を求(ま)ぎて、伊(い)斯(し)許(こ)理(り)度(ど)売(めの)命(みこと)に科(おお)せて鏡(かがみ)を作(つく)らしめ、玉(たまの)祖(おやの)命(みこと)に科(おお)せて八尺(やさか)の勾璁(まがたま)の五百津(いほつ)の御(み)すまるの珠(たま)を作(つく)らしめて、天児屋(あめのこやねの)命(みこと)・布(ふ)刀(と)玉(だまの)命(みこと)を召(め)して、天(あめ)の香山(かぐやま)の真男鹿(まおしか)の肩(かた)を全(うつ)抜(ぬ)きに抜(ぬ)きて、天(あめ)の香山(かぐやま)の天(あめ)のははかを取(と)りて、占合(うらな)いまかなわしめて、天(あめ)の香(かぐ)山(やま)の五百津(いほつ)真(ま)賢(さか)木(き)を根(ね)こじにこじて、上枝(ほつえ)に八尺(やさか)の勾璁(まがたま)の五(い)百(ほ)津(つ)の御(み)すまるの玉(たま)を取(と)り著(つ)け、中枝(なかつえ)に八尺(やあたの)鏡(かがみ)を取(と)りかけ、下枝(しずえ)に白和幣(しらにきて)・青和幣(あおにきて)を取(と)り垂(し)でて、この種々(くさぐさ)の物(もの)は、布(ふ)刀(と)玉(だまの)命(みこと)太(ふと)御幣(みてぐら)と取(と)り持(も)ちて、天児屋命(あめのこやねのみこと)太(ふと)詔(のり)戸(と)言(ごと)禱(ほ)き白(まお)して、天手(あめのた)力男(じからおの)神(かみ)戸(と)の掖(わき)に隠(かく)り立(た)ちて、天宇受売(あめのうずめの)命(みこと)、天(あめ)の香山(かぐやま)の天(あめ)の日影(ひかげ)を手次(たすき)にかけて、天(あめ)の真拆(まさき)を鬘(かづら)として、天(あめ)の香山(かぐやま)の小竹葉(ささば)を手草(たぐさ)に結(ゆ)いて、天(あめ)の石屋戸(いわやと)にうけ伏(ふ)せ、蹈(ふ)みとどろこし神懸(かむがか)りして、胸乳(むなち)をかき出(い)で、裳緒(もひも)をほとにおし垂(た)れき。ここに高天原動(たかあまはらとよ)みて、八百万(やおよろず)の神(かみ)共(とも)に咲(わら)いき。

ここに天(あま)照(てらす)大(おお)御神(みかみ)恠(あや)しとおもおして、天(あめ)の石屋戸(いわやと)を細(ほそ)めに開(ひら)きて、内(うち)より告(の)りたまわく、「吾(あ)が隠(こも)りますによりて、天(あま)の原(はら)自(おのずか)ら闇(くら)く、また葦原(あしはらの)中国(なかつくに)も皆(みな)闇(くら)からんとおもうを、何(なん)の由(ゆえ)にか天宇受売(あめのうずめ)は楽(あそび)をし、また八百万(やおよろず)の神(かみ)諸(もろもろ)咲(わら)える」とのりたまいき。ここに天宇受売(あめのうずめ)白言(まお)さく、「汝(な)が命(みこと)に益(ま)して貴(とうと)き神(かみ)坐(いま)すが故(ゆえ)に、歓喜(よろこ)び咲(わら)い楽(あそ)ぶ」とまおしき。

かく言(まお)す間(あいだ)に、天児屋命(あめのこやねのみこと)・布刀玉命(ふとだまのみこと)その鏡(かがみ)をさし出(い)だし、天(あま)照(てらす)大御神(おおみかみ)に示(み)せ奉(まつ)る時(とき)、天(あま)照(てらす)大御神(おおみかみ)いよよ奇(あや)しと思(おも)おして、やくやく戸(と)より出(い)でて臨(のぞ)みます時(とき)に、その隠(かく)り立(た)てりし天手(あめのた)力男(ぢからおの)神(かみ)、その御手(みて)を取(と)りて引(ひ)き出(い)だしまつりき。即(すなわ)ち布(ふ)刀(と)玉(だまの)命(みこと)、尻(しり)くめ繩(なわ)をその御後方(みしりえ)に控(ひ)き度(わた)して白言(まお)さく、「これより内(うち)に得(え)還(かえ)り入(い)りまさじ」とまおしき。かれ、天(あま)照(てらす)大(おお)御神(みかみ)出(い)でましし時(とき)、高天原(たかあまはら)も葦原(あしはらの)中国(なかつくに)も自(おのずか)ら照(て)り明(あか)りき。

ここに八百万(やおよろず)の神(かみ)共(とも)に議(はか)りて、速須佐之男(はやすさのおの)命(みこと)に千位(ちくら)の置(おき)戸(と)を負(おお)せ、また鬚(ひげ)と手足(てあし)の爪(つめ)とを切(き)り祓(はら)えしめて、神(かむ)やらいやらいき。

また食物(おしもの)を大気都比売神(おおげつひめのかみ)に乞(こ)いき。ここに大(おお)気(げ)都(つ)比(ひ)売(め)、鼻(はな)・口(くち)また尻(しり)より種々(くさぐさ)の味物(ためつもの)を取(とり)り出(いだ)して、種々(くさぐさ)作(つく)り具(そな)えて進(たてまつ)る時(とき)、速須佐之男命(はやすさのおのみこと)その態(わざ)を立(た)ち伺(うかが)いて、穢汚(けが)して奉進(たてまつ)るとおもいて、すなわちその大宜津比売神(おおげつひめのかみ)を殺(ころ)しき。かれ、殺(ころ)さえし神(かみ)の身(み)に生(な)りし物(もの)は、頭(かしら)に蚕(こ)生(な)り、二(ふた)つの目(め)に稲(いな)種(だね)生(な)り、二(ふた)つの耳(みみ)に粟(あわ)生(な)り、鼻(はな)に小豆(あづき)生(な)り、陰(ほと)に麦(むぎ)生(な)り、尻(しり)に大豆(まめ)生(な)りき。かれ、ここに神(かむ)産(む)巣(す)日(ひ)の御祖命(みおやのみこと)、これを取(と)らしめて種(たね)と成(な)したまいき。

かれ避追(やら)わえて、出雲(いずもの)国(くに)の肥(ひ)の河上(かわかみ)、名(な)は鳥(とり)髪(かみ)という地(ところ)に降(くだ)りましき。この時(とき)、箸(はし)その河(かわ)より流(なが)れ下(くだ)りき。ここに須(す)佐(さ)之(の)男(おの)命(みこと)、人(ひと)その河上(かわかみ)にありと以為(おも)おして、尋(たず)ね覓(ま)ぎ上(のぼ)り往(ゆ)きたまえば、老夫(おきな)と老女(おみな)と二人(ふたり)ありて、童女(おとめ)を中(なか)に置(お)きて泣(な)けり。ここに「汝(いまし)等(たち)は誰(だれ)ぞ」と問(と)いたまいき。かれ、その老(お)夫(きな)答(こた)え言(まお)さく、「僕(あ)は国(くに)つ神(かみ)大山津(おおやまつ)見(みの)神(かみ)の子(こ)なり。僕(あ)が名(な)は足(あし)名(な)椎(づち)と謂(い)い、妻(め)が名(な)は手(て)名(な)椎(づち)と謂(い)い、女(むすめ)が名(な)は櫛名田比売(くしなだひめ)と謂(い)う」とまおしき。

また「汝(いまし)の哭(な)く由(ゆえ)は何(なん)ぞ」と問(と)いたまえば、答(こた)え白(まお)さく、「我(あ)が女(むすめ)は本(もと)より八稚女(やおとめ)ありしを、この高志(こし)の八俣(やまた)のおろち年(とし)ごとに来(き)て喫(くら)えり。今(いま)そが来(く)べき時(とき)なるが故(ゆえ)に泣(な)く」とまおしき。ここに「その形(かたち)は如何(いかに)に」と問(と)いたまえば、答(こた)えて白(まお)さく、「その目(め)は赤(あか)かがちの如(ごと)くして、身(み)一(ひと)つに八頭(やかしら)八尾(やお)あり。またその身(み)に蘿(ひかげ)と檜(ひ)・椙(すぎ)と生(お)い、その長(たけ)は谿(たに)八(や)谷(たに)・峡(お)八(や)尾(お)に度(わた)りて、その腹(はら)を見(み)れば悉(ことごと)に常(つね)に血(ち)に爛(ただれ)れたり」とまおしき。ここに赤(あか)かがちと謂(い)えるは、今(いま)の酸醬(ほおずき)なり。

ここに速須佐之男(はやすさのおの)命(みこと)、その老夫(おきな)に詔(の)りたまわく、「この汝(いまし)の女(むすめ)は、吾(あ)に奉(たてまつ)らんや」とのりたまえば、「恐(かしこ)し。また御名(みな)を覚(し)らず」と答(こた)え白(まお)しき。ここに答(こた)えて詔(の)りたまわく、「吾(あ)は天(あま)照(てらす)大御神(おおみかみ)のいろせなり。かれ、今(いま)天(あめ)より降(くだ)りましぬ」とのりたまいき。ここに足名(あしな)椎(づち)・手名(てな)椎(づちの)神(かみ)白(まお)さく、「然(しか)坐(ま)さば恐(かしこ)し。立奉(たてまつ)らん」とまおしき。ここに速須佐之男(はやすさのおの)命(みこと)、すなわちゆつ爪(つま)櫛(くし)にその童女(おとめ)を取(と)り成(な)して、御(み)みづらに刺(さ)して、その足名(あしな)椎(づち)・手名(てな)椎(づちの)神(かみ)に告(の)りたまわく、「汝等(いましたち)八塩折(やしおおり)の酒(さけ)を醸(か)み、また垣(かき)を作(つく)り廻(もとほ)し、その垣(かき)に八門(やかど)を作(つく)り、門(かど)ごとに八(や)さずきを結(ゆ)い、そのさずきごとに酒(さか)船(ぶね)を置(お)きて、船(ふね)ごとにその八塩折(やしおおり)の酒(さけ)を盛(も)りて待(ま)て」とのりたまいき。

かれ、告(の)りたまいし随(まにま)に、かく設(ま)け備(そな)えて待(ま)ちし時(とき)、その八俣(やまた)のおろちまことに言(こと)の如来(ごとき)つ。すなわち船(ふね)ごとに己(おの)が頭(かしら)を垂(た)れ入(い)れて、その酒(さけ)を飲(の)みき。ここに飲(の)み酔(よ)いて留(とど)まり伏(ふ)し寝(い)ねき。ここに速須佐之男(はやすさのおの)命(みこと)、その佩(は)かせる十(と)拳(つか)剣(つるぎ)を抜(ぬ)きて、その蛇(おろち)を切(ぎ)りはふりたまいしかば、肥(ひの)河(かわ)血(ち)に変(な)りて流(なが)れき。かれ、その中(なか)の尾(お)を切(き)りたまいし時(とき)、御刀(みはかし)の刃(は)毀(か)けき。ここに恠(あや)しと思(おも)おして、御刀(みはかし)の前(さき)もちて刺(さ)し割(さ)きて見(み)たまえば、都牟羽(つむは)の大刀(たち)あり。かれ、この大刀(たち)を取(と)り、異(け)しき物(もの)と思(おも)おして、天(あま)照(てらす)大御神(おおみかみ)に白(まお)し上(あ)げたまいき。こは草(くさ)なぎの大刀(たち)なり。　

かれ、ここをもちてその速須佐之男(はやすさのおの)命(みこと)、宮(みや)造(つく)るべき地(ところ)を出雲(いずもの)国(くに)に求(ま)ぎたまいき。ここに須賀(すが)の地(ところ)に到(いた)りまして詔(の)りたまわく、「吾(あれ)ここに来(き)て、我(あ)が御心(みこころ)すがすがし」とのりたまいて、そこに宮(みや)を作(つく)りて坐(いま)しき。かれ、そこは今(いま)に須賀(すが)という。この大神(おおかみ)、初(はじ)め須(す)賀(が)宮(のみや)を作(つく)りたまいし時(とき)、そこより雲(くも)立(た)ち騰(のぼ)りき。ここに御歌(みうた)を作(よ)みたまいき。その歌(うた)に曰(い)わく、

　八雲(やくも)立(た)つ　出雲(いずも)八重(やえ)垣(がき)　妻(つま)ごみに

八重(やえ)垣(がき)作(つく)る　その八重(やえ)垣(がき)を　

ここにその足名(あしな)椎(づち)神(のかみ)を喚(よ)びて、「汝(いまし)はわが宮(みや)の首(おびと)に任(ま)けん」と告(の)りたまい、また名(な)を負(おお)せて稲(いな)田(だの)宮(みや)主(ぬし)須(す)賀(が)之(の)八(やつ)耳(みみ)神(のかみ)と号(なづ)けたまいき。

かれ、その櫛(くし)名(な)田(だ)比(ひ)売(め)を以(も)ちて、くみどに起(おこ)して生(う)みし神(かみ)の名(な)は、八島士(やしまじ)奴(ぬ)美(みの)神(かみ)と謂(い)う。また大山津(おおやまつ)見(みの)神(かみ)の女(むすめ)、名(な)は神(かむ)大市比売(おおいちひめ)を娶(めと)して生(う)みし子(こ)は大年(おおとし)神(かみ)。次(つぎ)に宇迦之(うかの)御魂(みたまの)神(かみ)。二(ふた)柱(はしら)。兄(あに)八島士(やしまじ)奴(ぬ)美(みの)神(かみ)、大山津(おおやまつ)見(みの)神(かみ)の女(むすめ)、名(な)は木(この)花(はな)知(ち)流(る)比(ひ)売(め)を娶(めと)して生(う)みし子(こ)は、布(ふ)波(は)能(の)母(も)遅(ぢ)久(く)奴(ぬ)須(す)奴(ぬの)神(かみ)。この神(かみ)、淤(お)迦(か)美(みの)神(かみ)の女(むすめ)、名(な)は日(ひ)河(かわ)比(ひ)売(め)を娶(めと)して生(う)みし子(こ)は、深(ふか)淵(ふち)之(の)水(みづ)夜(や)礼(れ)花(はなの)神(かみ)。この神(かみ)、天(あめ)之(の)都(つ)度(ど)閇(へ)知(ち)泥(ねの)神(かみ)を娶(めと)して生(う)みし子(こ)は、淤(お)美(み)豆(づ)奴(ぬの)神(かみ)。

この神(かみ)、布(ふ)怒(の)豆(づ)怒(のの)神(かみ)の女(むすめ)、名(な)は布(ふ)帝(て)耳(みみの)神(かみ)を娶(めと)して生(う)みし子(こ)は、天之(あめの)冬(ふゆ)衣(きぬの)神(かみ)。この神(かみ)、刺(さし)国(くに)大(おおの)神(かみ)の女(むすめ)、名(な)は刺(さし)国(くに)若(わか)比(ひ)売(め)を娶(めと)して生(う)みし子(こ)は、大(おお)国(くに)主(ぬしの)神(かみ)。亦(また)の名(な)は大(おお)穴(な)牟(む)遅(ぢの)神(かみ)と謂(い)い、亦(また)の名(な)は葦(あし)原(はら)色(し)許(こ)男(おの)神(かみ)と謂(い)い、亦(また)の名(な)は八(や)千(ち)矛(ほこの)神(かみ)と謂(い)い、亦(また)の名(な)は宇(う)都(つ)志(し)国(くに)玉(たまの)神(かみ)と謂(い)い、并(あわ)せて五(いつ)つの名(な)あり。