かれ、この大国主神(おおくにぬしのかみ)の兄弟(あにおと)八十神(やそかみ)坐(ま)しき。然(しか)れども皆(みな)、国(くに)は大国主神(おおくにぬしのかみ)に避(さ)りまつりき。避(さ)りし所以(ゆえ)は、その八十神(やそかみ)、各(おのおの)稲羽(いなば)の八上比売(やがみひめ)を婚(よば)わむの心(こころ)ありて、共(とも)に稲羽(いなば)に行(ゆ)きし時(とき)に、大穴牟遅神(おおなむぢのかみ)に帒(ふくろ)を負(おお)せ、従者(ともびと)として率(い)て往(ゆ)きき。ここに気多(けた)の前(さき)に到(いた)りし時(とき)に、裸(あかはだ)の菟(うさぎ)伏(ふ)せりき。ここに八十神(やそかみ)、その菟(うさぎ)に謂(い)いて云(い)わく、「汝(なれ)せむは、この海塩(うしお)を浴(あ)み、風(かぜ)の吹(ふ)くに当(あた)りて高山(たかやま)の尾(お)の上(へ)に伏(ふ)せれ」といいき。かれ、その菟(うさぎ)八十神(やそかみ)の教(おし)えに従(したが)いて伏(ふ)しき。

ここにその塩(しお)の乾(かわ)くまにまに、その身(み)の皮(かわ)悉(ことごと)に風(かぜ)に吹(ふ)き拆(さ)かえき。かれ、痛(いた)み苦(くる)しみて泣(な)き伏(ふ)せれば、最後(いやはて)に来(き)ませる大穴牟遅神(おおなむぢのかみ)、その菟(うさぎ)を見(み)て、「何(なに)しかも汝(な)は泣(な)き伏(ふ)せる」と言(い)いしに、菟(うさぎ)答(こた)え言(まお)さく、「僕淤岐島(あれおきのしま)にありて、此地(ここ)に度(わた)らんと欲(おも)えども、度(わた)らん因(よし)無(な)かりし故(ゆえ)に、海(うみ)の和邇(わに)を欺(あざむ)きて言(い)わく、『吾(あ)と汝(な)と競(くら)べて、族(うがら)の多(おお)き少(すくな)きを計(かぞ)えんと欲(おも)う。かれ、汝(な)はその族(うがら)のありのまにまに悉(ことごと)に率(い)て来(き)て、この島(しま)より気多(けた)の前(さき)まで、皆(みな)列(な)み伏(ふ)し度(わた)れ。ここに吾(あれ)その上(うえ)を蹈(ふ)みて、走(はし)りつつ読(よ)み度(わた)らん。ここに吾(あ)が族(うがら)といずれか多(おお)きを知(し)らん』と、かく言(い)いしかば、欺(あざむ)かえて列(な)み伏(ふ)せりし時(とき)、吾(あれ)その上(うえ)を蹈(ふ)みて、読(よ)み度(わた)り来(き)て、今(いま)地(つち)に下(お)りんとする時(とき)に、吾(あれ)云(い)わく『汝(な)は我(あれ)に欺(あざむ)かえつ』と言(い)い竟(おわ)る即(すなわ)ち、最端(いやはし)に伏(ふ)せる和邇(わに)、我(あれ)を捕(とら)えて悉(ことごと)に我(あ)が衣服(きもの)を剥(は)ぎき。これによりて泣(な)き患(うれ)えしかば、先(さき)に行(ゆ)きし八十神(やそかみ)の命(みこと)もちて、『海塩(うしお)を浴(あ)み、風(かぜ)に当(あた)りて伏(ふ)せれ』と誨(おし)え告(の)りき。かれ、教(おし)えのごとくせしかば、我(あ)が身(み)悉(ことごと)に傷(そこな)わえぬ」とまおしき。

ここに大穴牟遅神(おおなむぢのかみ)その菟(うさぎ)に教(おし)えて告(の)りたまわく、「今(いま)急(すみや)かにこの水門(みなと)に往(ゆ)き、水(みず)をもちて汝(な)が身(み)を洗(あら)う即(すなわ)ち、その水門(みなと)の蒲黄(かまのはな)を取(と)り、敷(し)き散(ち)らしてその上(うえ)に輾転(こいまろ)べば、汝(な)が身(み)本(もと)の膚(はだ)のごと必(かなら)ず差(い)えん」とのりたまいき。かれ、教(おし)えの如(ごと)くせしに、その身(み)本(もと)の如(ごと)し。これ稲羽(いなば)の素(しろ)菟(うさぎ)なり。今(いま)に菟(うさぎ)神(がみ)という。かれ、その菟(うさぎ)大穴牟遅神(おおなむぢのかみ)に白(まお)さく、「この八十神(やそかみ)は、必(かなら)ず八上比売(やがみひめ)を得(え)じ。帒(ふくろ)を負(お)えども汝(いまし)命(みこと)獲(え)たまわん」とまおしき。

ここに八上比売(やがみひめ)、八十神(やそかみ)に答(こた)えて言(い)わく、「吾(あ)は汝等(いましたち)の言(こと)は聞(き)かじ。大穴牟遅神(おおなむぢのかみ)に嫁(とつ)がん」といいき。かれここに八十神(やそかみ)忿(いか)りて、大穴牟遅神(おおなむぢのかみ)を殺(ころ)さんと欲(おも)い、共(とも)に議(はか)りて、伯岐国(ははきのくに)の手間(てま)の山(やま)本(もと)に至(いた)りて云(い)わく、「赤猪(あかい)この山(やま)にあり。かれ、われ共(とも)に追(お)い下(くだ)さば、汝(なれ)待(ま)ち取(と)れ。もし待(ま)ち取(と)らずは、必(かなら)ず汝(なれ)を殺(ころ)さん」と云(い)いて、火(ひ)もちて猪(い)に似(に)たる大石(おおいし)を焼(や)きて転(まろ)ばし落(おと)しき。ここに追(お)い下(くだ)すを取(と)る時(とき)、即(すなわ)ちその石(いし)に焼(や)きつかえて死(し)にましき。ここにその御祖(みおや)の命(みこと)哭(な)き患(うれ)えて天(あめ)に参上(まいのぼ)り、神産巣日命(かむむすひのみこと)に請(こ)いし時(とき)、すなわち𧏛貝比売(きさがいひめ)と蛤貝比売(うむぎひめ)とを遣(つかわ)して、作(つく)り活(い)かさしめたまいき。ここに𧏛貝比売(きさがいひめ)きさげ集(あつ)めて、蛤貝比売(うむぎひめ)待(ま)ち承(う)けて、母(おも)の乳汁(ちしる)を塗(ぬ)りしかば、麗(うるわ)しき壮夫(おとこ)に成(な)りて出(い)で遊行(ある)きたまいき。

ここに八十神(やそかみ)見(み)てまた欺(あざむ)きて山(やま)に率(い)入(い)りて、大樹(おおき)を切(き)り伏(ふ)せ、茹矢(ひめや)をその木(き)に打(う)ち立(た)て、その中(なか)に入(い)らしむる即(すなわ)ち、その氷目矢(ひめや)を打(う)ち離(はな)ちて拷(う)ち殺(ころ)しき。ここにまたその御祖(みおや)哭(な)きつつ求(ま)げば、見(み)得(え)て、すなわちその木(き)を拆(さ)きて取(と)り出(い)で活(いか)し、その子(こ)に告(つ)げて言(い)わく、「汝(いまし)はここにあらば、ついに八十神(やそかみ)のために滅(ほろぼ)さえなん」といいて、すなわち木国(きのくに)の大屋毘古神(おおやびこのかみ)の御所(みもと)に違(たが)え遣(や)りたまいき。ここに八十神(やそかみ)覓(ま)ぎ追(お)い臻(いた)りて、矢刺(やさ)し乞(こ)う時(とき)、木(き)の俣(また)より漏(く)き逃(の)がして云(の)りたまわく、「須佐能男命(すさのおのみこと)の坐(いま)す根(ね)の堅州国(かたすくに)に参向(まいむか)うべし。必(かなら)ずその大神(おおかみ)議(はか)りたまいなん」とのりたまいき。

かれ、詔命(みことのり)のまにまに須佐之男命(すさのおのみこと)の御所(みもと)に参(まい)到(いた)れば、その女(むすめ)須勢理毘売(すせりひめ)出(い)で見(み)て、目合(まぐわい)して相婚(あ)いまして、還(かえ)り入(い)りてその父(ちち)に白(まお)して言(い)わく、「いと麗(うるわ)しき神(かみ)来(き)ましつ」とまおしき。ここにその大神(おおかみ)出(い)で見(み)て告(の)りたまわく、「こは葦原色許男命(あしはらしこおのみこと)と謂(い)うぞ」とのりたまいて、すなわち喚(よ)び入(い)れて、その蛇(へみ)の室(むろや)に寝(ね)しめたまいき。ここにその妻須勢理毘売命(つますせりひめのみこと)、蛇(へみ)の比礼(ひれ)をその夫(ひこぢ)に授(さず)けて云(い)わく、「その蛇(へみ)咋(く)わんとせば、この比礼(ひれ)を三(み)たび挙(ふ)りて打(う)ち撥(はら)いたまえ」といいき。かれ、教(おし)えの如(ごと)せしかば、蛇(へみ)自(おのづか)ら静(しず)まりき。かれ、平(やす)く寝(ね)て出(い)でたまいき。

また来(く)る日(ひ)の夜(よ)は、呉公(むかで)と蜂(はち)との室(むろや)に入(い)れたまいき。また呉公(むかで)・蜂(はち)の比礼(ひれ)を授(さず)けて、教(おし)うること先(さき)の如(ごと)し。かれ、平(やす)く出(い)でたまいき。また鳴鏑(なりかぶら)を大野(おおの)の中(なか)に射(い)入(い)れて、その矢(や)を採(と)らしめたまいき。かれ、その野(の)に入(い)りし時(とき)、すなわち火(ひ)もちてその野(の)を焼(や)き廻(めぐ)らしき。ここに出(い)でむ所(ところ)を知(し)らざる間(あいだ)に、鼠(ねずみ)来(き)て云(い)わく、「内(うち)はほらほら、外(と)はすぶすぶ」といいき。かく言(い)う故(ゆえ)にそこを蹈(ふ)みしかば、落(お)ち隠(かく)り入(い)りましし間(あいだ)に、火(ひ)は焼(や)け過(す)ぎぬ。ここにその鼠(ねずみ)、その鳴鏑(なりかぶら)を咋(く)い持(も)ちて、出(い)で来(き)て奉(たてまつ)りき。その矢(や)の羽(は)は、その鼠(ねずみ)の子等(こども)皆(みな)喫(く)いたりき。

ここにその妻(つま)須勢理毘売(すせりひめ)は、喪具(はふりつもの)を持(も)ちて哭(な)き来(き)、その父(ちち)の大神(おおかみ)は、すでに死(う)せぬと思(おも)おしてその野(の)に出(い)で立(た)ちたまいき。ここにその矢(や)を持(も)ちて奉(たてまつ)りし時(とき)、家(いえ)に率(い)て入(い)りて、八田間(やたま)の大室(おおむろや)に喚(よ)び入(い)れて、その頭(かしら)の虱(しらみ)を取(と)らしめたまいき。かれここにその頭(かしら)を見(み)れば、呉公(むかで)多(さわ)にあり。ここにその妻(つま)、椋(むく)の木(こ)の実(み)と赤土(はに)とを取(と)りて、その夫(ひこぢ)に授(さず)けき。かれ、その木(こ)の実(み)を咋(く)い破(やぶ)り、赤土(はに)を含(ふふ)みて唾(つば)き出(だ)したまえば、その大神(おおかみ)、呉公(むかで)を咋(く)い破(やぶ)り唾(つば)き出(だ)すと以為(おも)おして、心(こころ)に愛(は)しく思(おも)いて寝(い)ねたまいき。

ここにその神(かみ)の髪(かみ)を握(と)り、その室(むろや)の椽(たりき)ごとに結(ゆ)いつけて、五百引(いほびき)の石(いわ)をその室(むろ)の戸(と)に取(と)り塞(さ)え、その妻(つま)須世理毘売(すせりひめ)を負(お)いて、すなわちその大神(おおかみ)の生大刀(いくたち)と生弓矢(いくゆみや)と、またその天(あめ)の詔琴(のりごと)を取(と)り持(も)ちて逃(に)げ出(い)でます時(とき)、その天(あめ)の詔琴(のりごと)樹(き)にふれて地(つち)動(とよ)み鳴(な)りき。かれ、その寝(い)ねませる大神(おおかみ)聞(き)き驚(おどろ)きて、その室(むろ)を引(ひ)き仆(たお)したまいき。然(しか)れども椽(たりき)に結(ゆ)いし髪(かみ)を解(と)かす間(あいだ)に、遠(とお)く逃(に)げたまいき。

かれここに、黄泉比良坂(よもつひらさか)に追(お)い至(いた)りて、遙(はろはろ)に望(みさ)け呼(よ)ばいて大穴牟遅神(おおなむぢのかみ)に謂(の)りて曰(い)わく、「その汝(な)が持(も)てる生大刀(いくたち)・生弓矢(いくゆみや)をもちて、汝(な)が庶(まま)兄弟(あにおと)は坂(さか)の御尾(みお)に追(お)い伏(ふ)せ、また河(かわ)の瀬(せ)に追(お)い撥(はら)いて、おれ大国主神(おおくにぬしのかみ)となり、また宇都志国玉神(うつしくにたまのかみ)となりて、その我(あ)が女(むすめ)須世理毘売(すせりひめ)を嫡妻(むかひめ)として、宇迦(うか)の山(やま)の山(やま)本(もと)に、底(そこ)つ石根(いわね)に宮柱(みやばしら)ふとしり、高天原(たかまのはら)に氷椽(ひき)たかしりて居(お)れ。この奴(やつこ)」とのりたまいき。かれ、その大刀(たち)・弓(ゆみ)を持(も)ちてその八十神(やそかみ)を追(お)い避(さ)くる時(とき)、坂(さか)の御尾(みお)ごとに追(お)い伏(ふ)せ、河(かわ)の瀬(せ)ごとに追(お)い撥(はら)いて、国(くに)を作(つく)り始(はじ)めたまいき。

　かれその八上比売(やがみひめ)は、先(さき)の期(ちぎり)の如(ごと)くみとあたわしつ。かれ、その八上比売(やがみひめ)は、率(い)て来(き)ましつれども、その嫡妻(むかひめ)須世理毘売(すせりひめ)を畏(かしこ)みて、その生(う)める子(こ)は木(き)の俣(また)に刺(さ)し挾(はさ)みて返(がえ)りき。かれその子(こ)を名(な)づけて木俣神(きまたのかみ)と云(い)い、亦(また)の名(な)を御井神(みいのかみ)と謂(い)う。

この八千矛神(やちほこのかみ)、高志国(こしのくに)の沼河比売(ぬなかわひめ)を婚(よば)わんとして幸行(い)でましし時(とき)、その沼河比売(ぬなかわひめ)の家(いえ)に到(いた)りて、歌(うた)いて曰(い)わく、

八千矛(やちほこ)の　神(かみ)の命(みこと)は　八島国(やしまくに)　妻(つま)枕(ま)きかねて　遠遠(とおとお)し　高志国(こしのくに)に　賢(さか)し女(め)を　ありと聞(き)かして　麗(くわ)し女(め)を　ありと聞(き)こして　さ婚(よば)いに　あり立(た)たし　婚(よば)いに　あり通(かよ)わせ　大刀(たち)が緒(お)も　いまだ解(と)かずて　　襲(おすひ)をも　いまだ解(と)かねば　嬢子(おとめ)の　寝(な)すや板戸(いたと)を　押(お)そぶらい　わが立(た)たせれば　引(ひ)こづらい　わが立(た)たせれば　青山(あおやま)に　鵼(ぬえ)は鳴(な)きぬ　　さ野(の)つ鳥(とり)　雉(きぎし)はとよむ　庭(にわ)つ鳥(とり)　鶏(かけ)は鳴(な)く　うれたくも　鳴(な)くなる鳥(とり)か　この鳥(とり)も　打(う)ちやめこせね　いしたふや　天馳使(あまはせづかい)　事(こと)の　語言(かたりごと)も　こおば（二）

とうたいたまいき。ここにその沼河比売(ぬなかわひめ)、いまだ戸(と)を開(ひら)かずて、内(うち)より歌(うた)いて曰(い)わく、

八千矛(やちほこ)の　神(かみ)の命(みこと)　ぬえ草(ぐさ)の　女(め)にしあれば　わが心(こころ)　浦渚(うらす)の鳥(とり)ぞ　今(いま)こそは　我鳥(わどり)にあらめ　後(のち)は　汝(な)鳥(とり)にあらんを　命(いのち)は　な殺(し)せたまいそ　いしたふや　天馳使(あまはせづかい)　事(こと)の　語言(かたりごと)も　こおば（三）

青山(あおやま)に　日(ひ)が隠(かく)らば　ぬばたまの　夜(よ)は出(い)でなん　朝日(あさひ)の　笑(え)み栄(さか)え来(き)て　栲綱(たくづの)の　白(しろ)き　腕(ただむき)　沫雪(あわゆき)の　若(わか)やる胸(むね)を　そだたき　たたきまながり　真玉手(またまで)　玉手(たまで)　さし枕(ま)き　股長(ももなが)に　寝(い)はなさんを　あやに　な恋(こ)い聞(き)こし　八千矛(やちほこ)の　神(かみ)の命(みこと)　　事(こと)の　言語(かたりごと)も　こおば（四）

とうたいき。かれ、その夜(よ)は合(あ)わずて、明日(くるひ)の夜(よ)御合(みあい)したまいき。

またその神(かみ)の嫡后(おおきさき)須勢理毘売命(すせりひめのみこと)、いたく嫉妬(うわなりねたみ)したまいき。かれ、そのひこぢの神(かみ)わびて、出雲(いずも)より倭国(やまとのくに)に上(のぼ)りまさんとして、束装(よそい)し立(た)たす時(とき)に、片御手(かたみて)は御馬(みま)の鞍(くら)にかけ、片御足(かたみあし)はその御鐙(みあぶみ)に蹈(ふ)み入(い)れて歌(うた)いて曰(い)わく、

ぬばたまの　黒(くろ)き御衣(みけし)を　まつぶさに　取(と)り装(よそ)い　沖(おき)つ鳥(とり)　胸(むな)見(み)る時(とき)　はたたぎも　これはふさわず　辺(へ)つ波(なみ)　そに脱(ぬ)き棄(う)て　そに鳥(どり)の　青(あお)き御衣(みけし)を　まつぶさに　取(と)り装(よそ)い　沖(おき)つ鳥(とり)　胸(むな)見(み)る時(とき)　はたたぎも　こもふさわず　辺(へ)つ波(なみ)　そに脱(ぬ)き棄(う)て　山県(やまがた)に　蒔(ま)きし　あたね舂(つ)き　染木(そめき)が汁(しる)に　染(し)め衣(ころも)を　まつぶさに　取(と)り装(よそ)い　沖(おき)つ鳥(とり)　胸(むな)見(み)る時(とき)　はたたぎも　こしよろし　いとこやの　妹(いも)の命(みこと)　群鳥(むらどり)の　わが群(む)れ往(い)なば　引(ひ)け鳥(とり)の　わが引(ひ)け往(い)なば　泣(な)かじとは　汝(な)は言(い)うとも　山(やま)との　一本薄(ひともとすすき)　項(うな)かぶし　汝(な)が泣(な)かさまく　朝雨(あさあめ)の　霧(きり)に立(た)たんぞ　若草(わかくさ)の　妻(つま)の命(みこと)　事(こと)の　語言(かたりごと)も　ことば（五）

とうたいたまいき。ここにその后(きさき)、大御酒坏(おおみさかづき)を取(と)り、立(た)ち依(よ)り指挙(ささ)げて歌(うた)いて曰(い)わく、

八千矛(やちほこ)の　神(かみ)の命(みこと)や　吾(あ)が大国主(おおくにぬし)　汝(な)こそは　男(お)にいませば　うち廻(み)る　島(しま)の崎崎(さきざき)　かき廻(み)る　磯(いそ)の崎(さき)落(お)ちず　若草(わかくさ)の　妻(つま)持(も)たせらめ　吾(あ)はもよ　女(め)にしあれば　汝(な)を除(き)て　男(お)はなし　汝(な)を除(き)て　夫(つま)はなし　綾垣(あやかき)の　ふはやが下(した)に　むし衾(ぶすま)　にこやが下(した)に　栲衾(たくぶすま)　さやぐが下(した)に　沫雪(あわゆき)の　若(わか)やる胸(むね)を　栲綱(たくづの)の　白(しろ)き腕(ただむき)　そだたき　たたきまながり　真玉手(またまで)　玉手(たまで)さし枕(ま)き　股長(ももなが)に　寝(い)をしなせ　豊御酒(とよみき)　　奉(たてまつ)らせ（六）

とうたいたまいき。かく歌(うた)いてすなわちうきゆいして、うながけりて今(いま)に至(いた)るまで鎮(しず)まります。これを神語(かむがたり)と謂(い)う。

　かれこの大国主神(おおくにぬしのかみ)、胸形(むなかた)の奥(おき)つ宮(みや)に坐(いま)す神(かみ)、多紀理毘売命(たきりひめのみこと)を娶(めと)して生(う)みし子(こ)は、阿遅鉏高日子根神(あぢすきたかひこねのかみ)、次(つぎ)に妹高比売命(いもたかひめのみこと)、亦(また)の名(な)は下光比売命(したてるひめのみこと)。この阿遅鉏高日子根神(あぢすきたかひこねのかみ)は、今(いま)、迦毛(かも)の大御神(おおみかみ)というぞ。

大国主神(おおくにぬしのかみ)、また神屋楯比売命(かむやたてひめのみこと)を娶(めと)して生(う)みし子(こ)は、事代主神(ことしろぬしのかみ)。また八島牟遅能神(やしまむぢのかみ)の女(むすめ)、鳥取神(ととりのかみ)を娶(めと)して生(う)みし子(こ)は、鳥鳴海神(とりなるみのかみ)。この神(かみ)、日名照額田毘道男伊許知邇神(ひなてるぬかたびちおいこちにのかみ)を娶(めと)して生(う)みし子(こ)は、国忍富神(くにおしとみのかみ)。この神(かみ)、葦那陀迦神(あしなだかのかみ)、亦(また)の名(な)は八河江比売(やがわえひめ)を娶(めと)して生(う)みし子(こ)は、速甕之多気佐波夜遅奴美神(はやみかのたけさはやぢぬみのかみ)。この神(かみ)、天之甕主神(あめのみかぬしのかみ)の女(むすめ)、前玉比売(さきたまひめ)を娶(めと)して生(う)みし子(こ)は、甕主日子神(みかぬしひこのかみ)。この神(かみ)、淤加美神(おかみのかみ)の女(むすめ)、比那良志毘売(ひならしひめ)を娶(めと)して生(う)みし子(こ)は、多比理岐志麻流美神(たひりきしまるみのかみ)。この神(かみ)、比々羅木之其(ひひらぎのその)花麻豆美神(はなまづみのかみ)の女(むすめ)、活玉前玉比売神(いくたまさきたまひめのかみ)を娶(めと)して生(う)みし子(こ)は、美呂浪神(みろなみのかみ)。この神(かみ)、敷山主神(しきやまぬしのかみ)の女(むすめ)、青沼馬沼押比売(あおぬうまぬおしひめ)を娶(めと)して生(う)みし子(こ)は、布忍富鳥鳴海神(ぬのおしとみとりなるみのかみ)。この神(かみ)、若尽女神(わかつくしめのかみ)を娶(めと)して生(う)みし子(こ)は、天日腹大科度美神(あめのひばらおおしなどみのかみ)。この神(かみ)、天狭霧神(あめのさぎりのかみ)の女(むすめ)、遠津待根神(とおつまちねのかみ)を娶(めと)して生(う)みし子(こ)は、遠津山岬多良斯神(とおつやまさきたらしのかみ)。

右(みぎ)の件(くだり)の八島士奴美神(やしまじぬみのかみ)以下(よりしも)、遠津山岬帯神(とおつやまさきたらしのかみ)以前(よりさき)を、十七世(とおまりななよ)の神(かみ)と称(まお)す。

かれ、大国主神(おおくにぬしのかみ)出雲(いずも)の御大(みほ)の御前(みさき)に坐(いま)す時(とき)、波(なみ)の穂(ほ)より天(あめ)の羅摩船(かがみのふね)に乗(の)りて、鵝(ひむし)の皮(かわ)を内剥(うつは)ぎに剥(は)ぎて衣服(きもの)にして、帰(よ)り来(く)る神(かみ)あり。ここにその名(な)を問(と)いたまえども答(こた)えず。また従(したが)える諸(もろもろ)の神(かみ)に問(と)いたまえども、皆(みな)「知(し)らず」と白(まお)しき。ここにたにぐく白(まお)さく、「こはくえびこ必(かなら)ず知(し)りたらん」とまおせば、即(すなわ)ちくえびこを召(め)して問(と)いたまう時(とき)、「こは神産巣日神(かむむすひのかみ)の御子(みこ)、少名毘古那神(すくなひこなのかみ)ぞ」と答(こた)え白(まお)しき。

かれここに、神産巣日(かむむすひ)の御祖命(みおやのみこと)に白(まお)し上(あ)げたまえば、答(こた)えて告(の)りたまわく、「こは実(まこと)に我(あ)が子(こ)なり。子(こ)の中(なか)に我(あ)が手俣(たなまた)よりくきし子(こ)なり。かれ、汝(いまし)、葦原色許男命(あしはらしこおのみこと)と兄弟(あにおと)となりて、その国(くに)を作(つく)り堅(かた)めよ」とのりたまいき。かれ、それより大穴牟遅(おおなむぢ)と少名毘古那(すくなひこな)と二柱(ふたはしら)の神(かみ)相(あい)並(なら)ばして、この国(くに)を作(つく)り堅(かた)めたまいき。然(しか)る後(のち)は、その少名毘古那神(すくなひこなのかみ)は常世国(とこよのくに)に度(わた)りましき。かれ、その少名毘古那神(すくなひこなのかみ)を顕(あら)わし白(まお)しし謂(い)わゆるくえびこは、今(いま)に山田(やまだ)のそほどという。この神(かみ)は足(あし)は行(ゆ)かねども、尽(ことごと)く天下(あめのした)の事(こと)を知(し)れる神(かみ)なり。

ここに大国主神(おおくにぬしのかみ)愁(うれ)えて告(の)りたまわく、「吾(あれ)独(ひとり)して何(いかに)かよくこの国(くに)を得(え)作(つく)らん。いづれの神(かみ)と吾(あ)とよくこの国(くに)を相(あい)作(つく)らん」とのりたまいき。この時(とき)、海(うみ)を光(てら)して依(よ)り来(く)る神(かみ)あり。その神(かみ)言(の)りたまわく、「よく我(あ)が前(まえ)を治(おさ)めば、吾(あれ)よく共(とも)に相(あい)作(つく)り成(な)さん。若(も)し然(しか)らずは、国(くに)成(な)り難(がた)けん」とのりたまいき。ここに大国主神(おおくにぬしのかみ)、「然(しか)らば治(おさ)め奉(まつ)る状(さま)は奈何(いかに)」とまおしたまえば、吾(あれ)をば倭(やまと)の青垣(あおがき)の東(ひむかし)の山上(やまのへ)にいつき奉(まつ)れ」と答(こた)え言(の)りたまいき。こは御諸山(みもろやま)の上(へ)に坐(いま)す神(かみ)なり。

かれ、その大年神(おおとしのかみ)、神活須毘神(かむいくすびのかみ)の女(むすめ)、伊怒比売(いのひめ)を娶(めと)して生(う)みし子(こ)は、大国御魂神(おおくにみたまのかみ)、次(つぎ)に韓神(からのかみ)、次(つぎ)に曾富理神(そほりのかみ)、次(つぎ)に白日神(しらひのかみ)、次(つぎ)に聖神(ひじりのかみ)。五神(いつはしら)。また香用比売(かよひめ)を娶(めと)して生(う)みし子(こ)は、大香山戸臣神(おおかぐやまとみのかみ)、次(つぎ)に御年神(みとしのかみ)。二柱(ふたはしら)。また天知迦流美豆比売(あめちかるみづひめ)を娶(めと)して生(う)みし子(こ)は、奥津日子神(おきつひこのかみ)、次(つぎ)に奥津比売命(おきつひめのみこと)、亦(また)の名(な)は大戸比売神(おおへひめのかみ)。こは諸人(もろひと)のもち拝(いつ)く竈(かまど)の神(かみ)なり。次(つぎ)に大山咋神(おおやまくいのかみ)、亦(また)の名(な)は山末之大主神(やますえのおおぬしのかみ)。この神(かみ)は、近(ちか)つ淡海国(あうみのくに)の日枝山(ひえのやま)に坐(いま)し、また葛野(かづの)の松尾(まつのお)に坐(いま)して、鳴鏑(なりかぶら)を用(も)つ神(かみ)なり。次(つぎ)に庭津日神(にわつひのかみ)、次(つぎ)に阿須波神(あすはのかみ)、次(つぎ)に波比岐神(はひきのかみ)、次(つぎ)に香山(かぐやま)戸臣神(とみのかみ)、次(つぎ)に羽山戸神(はやまとのかみ)、次(つぎ)に庭高津日神(にわたかつひのかみ)、次(つぎ)に大土神(おおつちのかみ)、亦(また)の名(な)は土之御祖神(つちのみおやのかみ)。九神(ここのはしら)。

上(かみ)の件(くだり)の大年神(おおとしのかみ)の子(こ)、大国御魂神(おおくにみたまのかみ)より以下(しも)、大土神(おおつちのかみ)以前(よりさき)、并(あわ)せて十六神(とおまりむはしら)。

羽山戸神(はやまとのかみ)、大気都比売神(おおげつひめのかみ)を娶(めと)して生(う)みし子(こ)は、若山咋神(わかやまくいのかみ)、次(つぎ)に若年神(わかとしのかみ)、次(つぎ)に妹若沙那売神(いもわかさなめのかみ)、次(つぎ)に弥豆麻岐神(みづまきのかみ)、次(つぎ)に夏高津日神(なつたかつひのかみ)、亦(また)の名(な)は夏之売神(なつのめのかみ)、次(つぎ)に秋毘売神(あきびめのかみ)、次(つぎ)に久々年神(くくとしのかみ)、次(つぎ)に久々紀若室葛根神(くくきわかむろつなねのかみ)。

上(かみ)の件(くだり)の羽山(はやま)の子(こ)以下(よりしも)、若室葛根(わかむろつなね)以前(よりさき)、并(あわ)せて八神(やはしら)。