ここに天照大御神(あまてらすおおみかみ)・高木神(たかぎのかみ)の命以(みことも)ちて、太子(ひつぎのみこ)正勝吾勝勝速日(まさかつあがつかつはやひ)天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)に詔(の)りたまわく、「今(いま)、葦(あし)原(はらの)中(なかつ)国(くに)を平(ことむ)け訖(お)えぬと白(まお)せり。かれ、言(こと)依(よ)さしたまいしまにまに、降(くだ)りまして知(し)らしめせ」とのりたまいき。

ここにその太子(ひつぎのみこ)正勝吾勝勝速日(まさかつあがつかつはやひ)天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)答(こた)えて白(まお)したまわく、「僕(あ)は降(くだ)らん装束(よそい)しつる間(あいだ)に、子(こ)生(あ)れ出(い)でぬ。名(な)は天邇岐志(あめにきし)国邇岐志(くににきし)天津(あまつ)日高日子(ひこひこ)番能邇邇芸命(ほのににぎのみこと)、この子(こ)を降(くだ)すべし」とまおしたまいき。この御子(みこ)は、高木神(たかぎのかみ)の女(むすめ)、万(よろづ)幡(はた)豊(とよ)秋(あき)津(つ)師(し)比(ひ)売(めの)命(みこと)に御合(みあい)まして生(う)みし子(こ)、天火明命(あめのほあかりのみこと)、次(つぎ)に日子(ひこ)番能邇邇芸命(ほのににぎのみこと)二柱(ふたはしら)なり。ここを以(も)ちて白(まお)したまいしまにまに、日子(ひこ)番能邇邇芸命(ほのににぎのみこと)に詔(みこと)おおせて、「この豊葦原水穂国(とよあしはらのみずほのくに)は、汝(いまし)知(し)らさん国(くに)なりと言(こと)依(よ)さしたまう。かれ、命(みこと)のまにまに天降(あまくだ)るべし」とのりたまいき。

ここに日子(ひこ)番能邇邇芸命(ほのににぎのみこと)、天降(あまくだ)りまさんとする時(とき)に、天(あめ)の八衢(やちまた)に居(い)て、上(かみ)は高天原(たかあまはら)を光(てら)し、下(しも)は葦原中国(あしはらのなかつくに)を光(てら)す神(かみ)ここにあり。かれここに、天照大御神(あまてらすおおみかみ)・高木神(たかぎのかみ)の命以(みことも)ちて、天宇受売神(あめのうずめのかみ)に詔(の)りたまわく、「汝(いまし)は手弱女(たわやめ)なれども、いむかう神(かみ)と面勝(おもか)つ神(かみ)なり。かれ、専(もは)ら汝(いまし)往(ゆ)きて問(と)わまくは、『吾(あ)が御子(みこ)の天降(あまくだ)りする道(みち)を、誰(たれ)ぞかくて居(お)る』と問(と)え」とのりたまいき。かれ、問(と)いたまう時(とき)に答(こた)え白(まお)さく、「僕(あ)は国(くに)つ神(かみ)、名(な)は猿(さる)田(た)毘(ひ)古(この)神(かみ)なり。出(い)で居(お)る所以(ゆえ)は、天(あま)つ神(かみ)の御子(みこ)天降(あまくだ)りますと聞(き)きつる故(ゆえ)に、御前(みさき)に仕(つか)え奉(まつ)らんとして、参(まい)向(むか)え侍(さもら)う」とまおしき。

ここに天児屋命(あめのこやねのみこと)・布刀玉命(ふとだまのみこと)・天宇受売命(あめのうずめのみこと)・伊(い)斯(し)許(こ)理(り)度(ど)売(めの)命(みこと)・玉祖命(たまのおやのみこと)并(あわ)せて五伴緒(いつとものお)を支(わか)ち加(くわ)えて、天降(あまくだ)したまいき。ここにそのおきし八尺(やさか)の勾璁(まがたま)・鏡(かがみ)、また草(くさ)なぎの剣(つるぎ)、また常世(とこよ)の思金神(おもいかねのかみ)・手力男神(たぢからおのかみ)・天石門別神(あめのいわとわけのかみ)を副(そ)えたまいて、詔(の)りたまわく、「この鏡(かがみ)は専(もは)ら我(わ)が御魂(みたま)として、吾(あ)が前(まえ)を拝(いつ)くが如(ごと)いつき奉(まつ)れ。次(つぎ)に思金神(おもいかねのかみ)は、前(まえ)の事(こと)を取(と)り持(も)ちて政(まつりごと)せよ」とのりたまいき。

この二柱(ふたはしら)の神(かみ)は、さくくしろいすずの宮(みや)に拝(いつ)き祭(まつ)る。次(つぎ)に登由気神(とゆけのかみ)、こは度相(わたらい)に坐(いま)す神(かみ)なり。次(つぎ)に天石戸別神(あめのいわとわけのかみ)、亦(また)の名(な)は櫛石窓神(くしいわまとのかみ)と謂(い)い、亦(また)の名(な)は豊石窓神(とよいわまとのかみ)と謂(い)う。この神(かみ)は御(み)門(かど)の神(かみ)なり。次(つぎ)に手力男神(たぢからおのかみ)は佐那那県(さなながた)に坐(いま)す。かれ、その天児屋命(あめのこやねのみこと)は、中臣連(なかとみのむらじ)等(ら)の祖(おや)、布刀玉命(ふとだまのみこと)は、忌部首(いみべのおびと)等(ら)の祖(おや)、天宇受売命(あめのうずめのみこと)は、猿女君(さるめのきみ)等(ら)の祖(おや)、伊斯許理度売命(いしこりどめのみこと)は、作鏡連(かがみづくりのむらじ)等(ら)の祖(おや)、玉祖命(たまのおやのみこと)は、玉祖連(たまのおやのむらじ)等(ら)の祖(おや)なり。

かれここに、天津(あまつ)日子(ひこ)番能邇邇芸命(ほのににぎのみこと)に詔(の)りたまいて、天(あめ)の石位(いわくら)離(はな)ち、天(あめ)の八重(やえ)たな雲(くも)を押(お)し分(わ)けて、いつのちわきちわきて、天(あめ)の浮橋(うきはし)にうきじまり、そりたたして、竺紫(つくし)の日向(ひむか)の高千穂(たかちほ)のくじふるたけに天降(あまくだ)りましき。かれここに天忍日命(あめのおしひのみこと)・天津(あまつ)久米命(くめのみこと)二人(ふたはしら)、天(あめ)の石靫(いわゆき)を取(と)り負(お)い、頭椎(くぶつち)の大刀(たち)を取(と)り佩(は)き、天(あめ)のはじ弓(ゆみ)を取(と)り持(も)ち、天(あめ)の真(ま)鹿(か)児(こ)矢(や)を手(た)挾(ばさ)み、御前(みさき)に立(た)ちて仕(つか)え奉(まつ)りき。かれ、その天忍日命(あめのおしひのみこと)、こは大伴連(おおとものむらじ)等(ら)の祖(おや)、天津(あまつ)久米命(くめのみこと)、こは久米直(くめのあたい)等(ら)の祖(おや)なり。

ここに詔(の)りたまわく、「此地(ここ)は韓国(からくに)に向(むか)い、笠沙(かささ)の御前(みさき)に真(ま)来(き)通(とお)りて、朝日(あさひ)の直(ただ)さす国(くに)、夕日(ゆうひ)の日(ひ)照(て)る国(くに)なり。かれ、此地(ここ)はいと吉(よ)き地(ところ)」と詔(の)りたまいて、底(そこ)つ石根(いわね)に宮柱(みやばしら)ふとしり、高天原(たかあまはら)に氷椽(ひぎ)たかしりて坐(いま)しき。

かれここに、天宇受売命(あめのうずめのみこと)に詔(の)りたまわく、「この御前(みさき)に立(た)ちて仕(つか)え奉(まつ)りし猿(さる)田(た)毘(ひ)古(この)大(おお)神(かみ)は、専(もは)ら顕(あら)わし申(もう)しし汝(いまし)送(おく)り奉(まつ)れ。またその神(かみ)の御名(みな)は、汝(いまし)負(お)いて仕(つか)え奉(まつ)れ」とのりたまいき。ここを以(も)ちて、猨女君(さるめのきみ)等(ら)、その猨(さる)田(た)毘(ひ)古(こ)の男神(おがみ)の名(な)を負(お)いて、女(おみな)を猨女君(さるめのきみ)と呼(よ)ぶ事(こと)これなり。

かれその猨(さる)田(た)毘(ひ)古(この)神(かみ)、阿耶訶(あざか)に坐(いま)す時(とき)漁(すなどり)して、比(ひ)良(ら)夫(ふ)貝(かい)にその手(て)を咋(く)い合(あわ)さえて、海(う)塩(しお)に沈(しず)み溺(おぼ)れましき。かれその底(そこ)に沈(しず)み居(い)ます時(とき)の名(な)は、底(そこ)どく御魂(みたま)と謂(い)い、その海(う)水(しお)のつぶたつ時(とき)の名(な)は、つぶたつ御魂(みたま)と謂(い)い、そのあわさく時(とき)の名(な)は、あわさく御魂(みたま)と謂(い)う。

ここに猨(さる)田(た)毘(ひ)古(この)神(かみ)を送(おく)りて還(かえ)り到(いた)りて、すなわち悉(ことごと)に鰭(はた)の広(ひろ)物(もの)、鰭(はた)の狭(さ)物(もの)を追(お)い娶(あつ)めて、問(と)いて、「汝(いまし)は天(あま)つ神(かみ)の御子(みこ)に仕(つか)へ奉(まつ)らんや」と言(い)いし時(とき)、諸(もろもろ)の魚(うお)皆(ども)「仕(つか)え奉(まつ)らん」と白(まお)す中(なか)に、海鼠(こ)白(まお)さざりき。ここに天宇受売命(あめのうずめのみこと)海鼠(こ)に謂(い)いて、「この口(くち)や答(こた)えぬ口(くち)」と云(い)いて、紐(ひも)小刀(かたな)もちてその口(くち)を拆(さ)きき。かれ、今(いま)に海鼠(こ)の口(くち)拆(さ)けたり。ここをもちて、御(みよ)世(みよ)島(しま)の速(はや)贄(にえ)献(たてまつ)る時(とき)、猨女君(さるめのきみ)等(ら)に給(たま)うなり。

ここに天津(あまつ)日高日子(ひこひこ)番(ほ)能(の)邇(に)邇(に)芸(ぎ)能(の)命(みこと)、笠沙(かささ)の御前(みさき)に麗(うるわ)しき美人(おとめ)に遇(あ)いたまいき。ここに「誰(た)が女(むすめ)ぞ」と問(と)いたまえば、答(こた)え白(まお)さく、「大山津見神(おおやまつみのかみ)の女(むすめ)、名(な)は神(かむ)阿(あ)多(た)都(つ)比(ひ)売(め)、亦(また)の名(な)は木(この)花(はな)之(の)佐(さ)久(く)夜(や)毘(ひ)売(め)と謂(い)う」とまおしき。また「汝(いまし)の兄(はら)弟(から)ありや」と問(と)いたまえば、「我(わ)が姉(あね)、石(いわ)長(なが)比(ひ)売(め)あり」と答(こた)え白(まお)しき。ここに、「吾(あれ)汝(いまし)に目(まぐ)合(わい)せんと欲(おも)うは奈何(いか)に」と詔(の)りたまえば、「僕(あ)はえ白(まお)さじ。僕(あ)が父(ちち)大山津見神(おおやまつみのかみ)ぞ白(まお)さん」と答(こた)え白(まお)しき。かれ、その父(ちち)大山津見神(おおやまつみのかみ)に乞(こ)いに遣(つか)わしたまいし時(とき)、いたく歓喜(よろこ)びて、その姉(あね)石(いわ)長(なが)比(ひ)売(め)を副(そ)え、百(もも)取(とり)の机(つくえ)代(しろ)の物(もの)を持(も)たしめて、奉(まつ)り出(いだ)しき。かれここに、その姉(あね)はいと凶醜(みにく)きによりて、見(み)畏(かしこ)みて返(かえ)し送(おく)り、ただその弟(おと)木(この)花(はな)之(の)佐(さ)久(く)夜(や)毘(ひ)売(め)を留(とど)めて、一宿(ひとよ)婚(まぐわい)したまいき。

ここに大山津見神(おおやまつみのかみ)、石(いわ)長(なが)比(ひ)売(め)を返(かえ)したまいしによりていたく恥(は)ぢ、白(まお)し送(おく)りて言(い)わく、「我(わ)が女(むすめ)二(ふたり)並(なら)べて立(たて)奉(まつ)りし由(ゆえ)は、石(いわ)長(なが)比(ひ)売(め)を使(つか)わさば、天(あま)つ神(かみ)の御子(みこ)の命(みこと)は、雪(ゆき)零(ふ)り風(かぜ)吹(ふ)くとも、恒(つね)に石(いわ)の如(ごと)く常(とき)わに堅(かち)わに動(うご)かず坐(いま)さん。また木(この)花(はな)之(の)佐(さ)久(く)夜(や)比(ひ)売(め)を使(つか)わさば、木(こ)の花(はな)の栄(さか)ゆるが如(ごと)栄(さか)えまさんと、うけいて貢進(たてまつ)りき。かく石(いわ)長(なが)比(ひ)売(め)を返(かえ)さしめて、独(ひと)り木(この)花(はな)之(の)佐(さ)久(く)夜(や)毘(ひ)売(め)を留(とど)めたまいし故(ゆえ)に、天(あま)つ神(かみ)の御子(みこ)の御寿(みいのち)は、木(こ)の花(はな)のあまいのみ坐(ま)さん」といいき。かれここをもちて、今(いま)に至(いた)るまで天皇命(すめらみこと)等(たち)の御命(みいのち)長(なが)からざるなり。

かれ、後(のち)に木(この)花(はな)之(の)佐(さ)久(く)夜(や)毘(ひ)売(め)参(まい)出(で)て白(まお)さく、「妾(あ)は妊身(はら)みて、今(いま)産(う)む時(とき)になりぬ。この天(あま)つ神(かみ)の御子(みこ)は、私(わたくし)に産(う)むべからず。かれ請(まお)す」とまおしき。ここに詔(の)りたまわく、「佐(さ)久(く)夜(や)毘(ひ)売(め)一宿(ひとよ)にや妊(はら)める。これ我(わ)が子(こ)には非(あら)じ。必(かなら)ず国(くに)つ神(かみ)の子(こ)ならん」とのりたまいき。ここに答(こた)え白(まお)さく、「吾(あ)が妊(はら)める子(こ)、若し国(くに)つ神(かみ)の子(こ)ならば、産(う)む時(とき)幸(さき)くあらじ。若(も)し天(あま)つ神(かみ)の御子(みこ)ならば、幸(さき)くあらん」とまおして、即(すなわ)ち戸(と)無(な)き八尋(やひろ)殿(どの)を作(つく)りて、その殿(との)の内(うち)に入(い)り、土(つち)以(も)ちて塗(ぬ)り塞(ふた)ぎて、産(う)む時(とき)にあたりて、火(ひ)をその殿(との)につけて産(う)みき。かれ、その火(ひ)の盛(さか)りに焼(も)ゆる時(とき)に生(う)みし子(こ)の名(な)は、火照命(ほでりのみこと)、こは隼人(はやと)阿多(あたの)君(きみ)の祖(おや)なり。次(つぎ)に生(う)みし子(こ)の名(な)は、火(ほ)須(す)勢(せ)理(りの)命(みこと)。次(つぎ)に生(う)みし子(こ)の名(な)は、火(ほ)遠(お)理(りの)命(みこと)、亦(また)の名(な)は天津(あまつ)日高日子(ひこひこ)穂(ほ)穂(ほ)手(で)見(みの)命(みこと)。三柱(みはしら)。